敬三先生を語れる人

明治30年生まれの先生、ご存命なら今123歳。私が結婚して先生とお会いしたのは、1987年先生が90歳の時でした。先生と直接出会っている人は年々少なくなっているのを感じています。特に元気な時の先生を知っている人は本当に少ない。

その中の一人仙台在住の加藤さんから、敬三先生の元気な時の様子を伺うことができました。加藤さん曰く先生が元気で活力のあった時は、眼光が厳しくてオーラがあって、怖かった。すごく色々な本を読んでおられ、自分にも「○○の何巻を読んで来なさい、読んだらテストするから。」と指導を受けたそうです。加藤さんが19歳。敬三先生が70歳代の事。

先生がいろいろ執筆してきて訴えてきたことを、やめると考え始めたのは1973年(昭和48年)頃だった。1975年(昭和50年)山寺の晩鐘で最後の気持ちを書いた。その後マスコミに取り上げられて、世の中に広がったけれども、マンションが出来た1980年先生が83歳頃からは、神様みたいな生き方になってしまった。気持ち良ければ何でもよいと言って自身のことも 温古老爺と呼ぶようになった。もうその時の先生はそれまでの先生とは全然違っていた。

もう少し早く出会ったいたら、もっと違った今になったかもしれないと思います。けれども、直接出会って97歳で亡くなるまでの最後の生きざまに接することが出来たことは、私にとっては貴重な日々です。「孫の雄二の細君、よろしくな」と温古堂にお見えになったお客様に紹介していただいた日のことを忘れません。

本当に伝えたかったことを投稿し続けた当時の文章こそが敬三先生の心なのだと再確認しました。それらがまとめてある「生体の歪みを正す」が残されていることに感謝します。「生体の歪みを正す」を操体法のバイブルとして、よく読みこんでいきたいと思います。操体法を学ぶ皆さんにも是非読んでいただきたい1冊です。

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